|
|
昨日は、何の準備もせずに寝たので朝 03:15に起きて準備をする。タージ・マハルは、携帯、ノート、本、食べ物が持ち込み禁止らしいので”地球の歩き方”の一部を昨日フロントでコピーしてもらい、携帯etcは置いていくことに。05:15
ホテルを出る。外は、まだ暗くて、店も屋台も無く人通りも少ないので駅への曲がり道を少し迷う。危険な感じは無い。![]() ![]() 1番ホーム しゃがんで歩く足の不自由な物乞いにびっくりした Train No 2002 BHOPAL SHTBDI デリー駅に無事到着。列車のホームは、ラジェンダさんが言っていたように1番ホーム。列車は、まだ来ない。駅は、撮影禁止のはずだが欧米人がバシバシとフラッシュを焚いて撮っているので、僕もカメラを取り出す。僕達のCoarchはE1だが、ホームの電光表示は"C"しかないのでホームの端まで行って探すが"E"は無い。延髄妻が”StationManeger”という表札の部屋に突撃し、恐らく副駅長に"E1のCoarchはどこですか?”と聞くと右に行くように言われる。駅の壁に貼ってある予約表のE1には僕達二人の名前があり、一安心。右に行くとアメリカとイタリアの団体客がいる。 ![]() ![]() 列車が到着。E1のCoarchにも、予約表が貼ってあり、名前あり。乗り込むと進行方向とは逆向きの座席。06:15発車...と思ったらすぐに停まり、06:20に再発車。延髄妻が”シートベルトは無いの?”と聞く。う〜ん、今までいろいろな国で電車に乗って一度もシートベルトのある電車はなかったのに...電車にシートベルトですか? ![]() ![]() 赤いターバンを巻いた征服姿の男性アテンダント二人が英字新聞を配り、その後列車には載せたがまだ入り口に置いたままのイタリア団体客の大きな荷物を空いている網棚にどんどん載せていく。しばらくすると、お湯の入った小さな魔法瓶とティーバッグ 2個とティー・カップとビスケットをサーブ。延髄妻は、ビスケットを見て”これがベジのブレック・ファーストかな?”と思ったらしい。バカか!お前は。今度は、500mlの水と紙コップがサーブ。 ![]() ![]() そして今度は朝食として、ミルク、コーンフレーク、薄い食パン 2枚、バター、ジャム、クロワッサンもどき(形はそうだが硬い)、揚げ物、バナナとお腹一杯になる。ここまでは、器を除菌シートで拭いていたが最後にジュースが出てきて、そのまま飲んでしまう。食事が終わり、トレイにティー・バッグを載せてサーブしに来るがそこには50Rsのお札があり、完全にチップを要求してくる。今までは、ディスポーザル手袋を付けてキビキビとサーブしていて好印象だったのに...仕方なく20Rs載せる。チップを払ったので、カメラで僕達を撮ってもらうがフラッシュを焚かなかったのでボケボケ。 ![]() ![]() 08:15 アーグラー着。出口には、団体客の大きなバッグがあり、すぐに出られない。アテンダントが荷物を降ろしているのにその間隙を突いて乗り込んで来るインド人。車内は降りる客が列を作っているので入れないし、座席指定なので急いで乗り込んでも一緒なのに...何故? ありエネー!仕方なく僕達も荷降ろしの間隙を縫って降りる。延髄妻が、バラナシで一緒だった男性から”アーグラーは最悪”という情報をINPUTされているため、駅を降りたらビビリまくりで、一刻も早く駅周辺から離れたいらしく、僕が写真を撮っていると”写真なんか撮ってないで早く行こうーッ!”と怒る延髄妻。 ![]() ![]() 奥の白い建物がAGRA CANTT駅 リキシャ,タクシーがいる 駅から少し歩くと店がある 駅構内を出ると、リキシャの運転手からの勧誘の声が襲いかかる。それほどしつこい勧誘ではないが、こういうのが嫌で嫌でしょうがない延髄妻は一刻も早く逃げ出したくて”あの外人の団体客の後を付いて行く。”と言う。付いて行っても、団体客はバスに乗っていなくなり、僕達は取り残されるだけなので、しばらく付いて行って勧誘のいなくなったところでタージ・マハル行きではなく、タージ・マハルから駅に戻る向きの道路の右側を歩く。この側なら、待ち構えている勧誘はいないはず。 ![]() ![]() タージ・マハルまで9kmの表示 牛車が3車線の真ん中を行く アーグラー・カント駅から、タージ・マハルまでは”地球の歩き方”の地図を見ると5kmくらいなので、歩いて1時間強で辿り着けるはずだし、道路標示もこんな感じで信じられないらしいという情報を元に歩いて向かう僕達。しかし、ここで驚異のストーカー・サイクル・リキシャが現れる。”タージ・マハルは、遠いから歩いては行けない。"とかいろいろと話し掛けてくるが無視する僕達。僕達は、車が来る方向とは逆向きで車道の脇を歩いているので、僕達に付いて来るリキシャは完全に進行方向とは逆に進んでいるが、そんなことはお構いなしに付かず離れずで話掛けて無視されると、距離を置いて付いて来たりとものすごいしつこさ。途中、タージ・マハルまでの距離の道路標示を撮っていると延髄妻が”写真ばっかり撮ってないで早く行ってヨ!”とキレて一人だけ早足で先に行ってしまう延髄妻。そして、その光景をサイクル・リキシャは見た!しばらくは、延髄妻とは距離を離れて歩いて行く。リキシャは、30分くらい付いて来たがさすがに諦めていなくなる。しつこければ、成功する訳ではなく状況判断が重要なんです。サイクル・リキシャ!しかし、歩けども、歩けども距離が大幅に短くなることはなく、1時間以上が過ぎる。 ![]() ![]() タージ・マハル EAST GATEまで5.5kmの表示 リキシャの後席から 08:15 アーグラー着 13:00 アーグラー発で実質 5時間弱しか居られないのにこんな車道を1時間以上も歩いて、まだ5.5kmもある。タージ・マハルまで、後1時間も掛けて歩くと完全に時間切れになるので、タージ・マハル方向の車道に渡り、走ってきた空車のオート・リキシャを停めて、延髄妻が値段交渉する。50Rsと言われたが、延髄妻が40Rsと言い決まり。しかし、なんでたった10Rsしか安い言い値を言うのか?延髄妻。タージ・マハルはアーグラー・カント駅から50Rsが相場なので、半額の25Rsが相場。交渉は半額以下から始めるのが普通。 ![]() ![]() 真面目そうなリキシャのドライバー EAST GATEの警官 乗ったら、10分くらいで着く。こんなことなら、最初からオート・リキシャに乗ればよかった...。しかし、”地球の歩き方”の地図の距離がおかしい!この時思ったのが、アーグラー・カント駅から、タージ・マハル方向にしばらく歩き、タージ・マハル方向に向かう空きのオート・リキシャに乗れば外人を騙して、みやげ物屋に連れて行くという悪質なリキシャに乗る確率は低いのでは?ということ。だって、普通の外人は、僕達みたいにタージ・マハルまで歩いて行こうとしないから騙そうとするリキシャは、タージ・マハル方向に空きで行かないはず。オート・リキシャの着いた所は、なにか公園の入り口のような所。やけに早く着いたこともあって一瞬、リキシャに騙されて適当な所に降ろされたのかと思って、近くにいた警官に聞くと”この先、400〜500m先にある。”とのことで歩いて進む。 ![]() ![]() 途中には、悪質なサイクル・リキシャが待ち構える 奥に見える門がタージ・マハルへの入り口 そういえば、タージ・マハルが排ガスで汚れるのを防ぐため車では近くに行けなくて電気自動車に乗り換えるというのを見たことを思い出す。入場料は、250Rs+外人値段500Rs=750Rsと極めて高い外人料金。入場するには、厳しい身体検査と持物検査がある。僕は、身体検査は問題無かったが、リュックの中身が冷房対策のTシャッツ 2枚、水 2本、部屋食用の箸とスプーンしか入っていないのになぜかひっかかり(スプーン?)、”ロケ!ロケ!”と言われるが”ロケ”の意味がわからない。何だかわからないまま、水 2本をリュックを別にして、いったん外に出て、右に行くように言われる。右に行くと荷物預かり所がある。”ロケ”とは”ロッカー”のこと?リュックを預けるとリュックに白い字で番号が書かれ、引き換え用に丸いコイン状のものを受け取る。延髄妻は、列車で貰ったビスケットを没収されたが他は問題無しでカバンを肩に掛けている。タージ・マハルは、バラナシとともに絶対行っておきたい所ではあるが、個人的に特別な思い入れがある訳ではなく”インドと言えば、バラナシとタージ・マハルでしょう!”というレベルでの興味。 ![]() ![]() 入場すると正門がある 正門の真っ暗な中から、真っ白なタージ・マハルが見えるダイナミックな演出 ![]() ![]() タージ・マハルで叫ぶ僕達 これが50歳を越えた大人とは...バカじゃないの! いよいよ入場。見た感想は、””う〜ん、きれい。すごい。でも予想通り。” ![]() ![]() カラフルなサリー 右の男性はホテルのボーイ?のような気合の入った服 右下の白い服がチップおじさん 印象に残ったのは、入場しているインド人が一世一代の気合の入った一張羅を着ていることと、多くの欧米人のツアー客。東アジア系のツアー客はほとんどいない。そして、ネットで知っていたが、インド人が外人と一緒に楽しそうに写真を撮っていること。タージ・マハルへ行く途中に、ステージ状になった場所がありそこで、観光客にタージ・マハルの先端を指で摘むポーズの写真の撮り方を教えてチップを稼ぐインド人の掃除人 二人。 ![]() ![]() タージ・マハルの精緻なファザード 左がシャー・ジャハーン皇帝 右が王妃のお墓 タージ・マハルの中に入るには、靴を預けるか、靴の上にビニール・カバーを着ける必要があるが、靴を預けて無くなると嫌なので、カバーを渡してもらおうとすると渡してくれない。仕方なく、靴にカバーを着けさせると予想通りチップを要求される。しかし、カバー付けの男と僕達の間には金属製のポールの仕切りがあるので、そのまま歩き去る。効率の悪いチップ稼ぎ。タージ・マハルの中は、撮影禁止だが誰も注意する人がいないので、フラッシュ焚きまくりの写真撮り放題だったのにびっくり。死んでも、お墓をフラッシュで写真を撮られては安らかに眠れないシャー・ジャハーン皇帝と王妃。 外に出て、タージ・マハルをぐるりと一周してから、ベンチに座る。3人掛けのベンチが2脚あり、それぞれ僕達二人と欧米人のカップルが座っていた時に、突然なんの断りもなく僕達のベンチの空いている席に若いインド人男性が座り、友人のインド人男性が僕達を入れて写真を撮る。すると今度は、隣の欧米人カップルの空いている席に移り、また写真を撮る。僕は、最初写真を撮るために座ったとはわからず、横を向いていたが、欧米人カップルは一緒にポーズを取って写っている。写真を撮り終えると、女性がインド人男性に”バクシーシ”とjokeでお金を請求したのが面白かった。そろそろイードガー・バス・スタンドに向かうことにし、外に出て荷物預かり所にリュックを受け取りに行くと、割り込みまくりで並ばないインド人。インド人に割り込まれないように頑張る僕。もう、12:04になり、あまり時間が無いので急いで道路へ向かう。しかし、行きに来た道と違う道を歩いて来たようで、途中駐車場があるが、気付かない僕。駐車場を超えてもなかなか車道に辿り着けない。 ![]() ![]() 左が、途中で乗り込んだ警官 真面目そうなドライバー 延髄妻が、気付いて駐車場まで戻り客を降ろしたオート・リキシャを捕まえて乗り込む。値段は50Rs。リキシャに、みやげ物屋に連れて行かれるパターンがあるので、地図を見ながら行き先をチェックしているとアーグラー城を通り過ぎたので方向は間違い無い。途中、交差点で警官に停められて僕達になんの断りもなく運転席の隣に警官が乗り込む。警官のために、遠回りされるとまずいと思ったが少し走ってすぐに降りる警官。12:30 イードガー・バス・スタンド着。延髄妻が払ったお札をチェックするドライバー。交換するように言いかけるが諦めてくれる。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() なんとなく予想していたが、なんなんだ!ここは! ここが、タージ・マハルのある観光地アーグラーのバス・スタンドなのか?廃バス置き場のようなバス・スタンド。恐るべし、インド。13:00発デリー行きのバスは何処?バス乗り場のNoは無し。見えるのは、オンボロバスのみ。 ![]() ![]() 左の男性二人が立っているのがInquiry エンジンがかからないので客が押しがけをしている 延髄妻が、Inquiry(ボロボロだが)に行き、おじさんにE-ticketを見せると、”付いて来なさい。”と言われ付いて行くと外で椅子に座っている別のおじさんのところへ。すると別のおじさんが携帯で電話。Inquiryおじさん、また別のおじさんのところへ。そして、また別のおじさんが携帯で電話。InquiryおじさんがInquiryに戻り、”バスは13時に来るのでInquiryの横で待っていなさい。バスが着たら、教えてあげる。”と言われ待つことに。しかしなんで、定期便で走っているはずのバスのことで、こんなに何度も電話を掛ける必要があるのか?う〜ん、よくわからない...。しかも、13時になってもバスは来ない...。延髄妻が、若い日本人男性のバックパッカーがバスの予約に現れたので、雑談をしている。タージ・マハルまで歩こうとしたことを話すと”それは、無理ですヨ。”と言われる。男性はバスの予約は、出来ず。大きなバッグを持った若い中国系アメリカ人女性二人が現れ、”14時のバスのチケットはバスの中でで買えますか?”と聞かれるが”僕達は、NETで取ったのでわからない。”と答える。英語が喋れるインド人おばさんが”満席には絶対ならないのでバスの中で、切符は買える。”と教える。中国系アメリカ人女性がInquiryに聞くとバスは14時に出るとのこと。始発なのに1時間遅れか...。 ![]() ![]() 13:25 バス着。最初は、他のバスと比較してまともなバスが来たと思ったが日本基準でよく見るとかなりボロイ。フロントガラスは、スペインのビルバオ行きのバスと同じく"ひび"が入っている。バスに乗り込み、指定の座席に座る。13:35 ACが入るが発車を急ごうとする気配無し。ひょっとして、このバスは、13時発のバスに14時の客も乗せてしまうのか?予想通り、14時にバス発車。 ![]() 有料道路(恐らく高速道路)でバスに前を走る車 屋根にも人が座り、後ろに二人しがみついている 顔付きの悪いおっさんが車掌として乗り込む。おっさん車掌が、切符のチェックに来る。E-ticketを見せると ”これは、一人分の切符しかない。”と言い出すおっさん車掌。 名前が二人書いてある部分を示す僕。納得し次の客に行くおっさん車掌。しかし、しばらくすると おっさん車掌が、”このバスは14時発のバスでこのE-ticketは13時のバス。 14時のバスは13時のバスより、料金が高いので差額を払うように。”と言い出す。 (おっさん車掌は、英語が喋れないので前席にいる家族連れのインド人男性が英語で通訳してくれる。) ” なんだとーッ!13時のバスが来なかったので、仕方なく14時のバスに乗ったのになんで差額を払う必要があるのか!ありえない!” と言うとおっさん車掌は ”13時のバスが来なかったのは、会社の責任だがそれとは関係なくこのバスは 14時のバスなので差額を払うように。”と言う。 すると、僕達の後ろにいる英語が喋れるインド人おばさんがおっさん車掌に話をしてくれて、諦めるおっさん車掌。しばらく、走ると途中乗車の客が乗り込んで来る。すると、 おっさん車掌がまた僕達のところに来て、”差額を払うように。”と言う。 さっき話が付いたんじゃないのか!”僕達は、何のミスもしていない。13時のバスがどうして来なかったのか?”と文句を言い、延髄妻も”絶対に払わんからね!”と怒っている。 どう考えても、差額を払わせて自分の懐に入れるつもりだったはずのおっさん車掌。 バス・スタンドのInquiryで聞いた時に、何人も聞いていたのは13時のバスが出なかったせい?このバスは、NETで予約出来るがNETで予約した人は皆無。今は、アーグラー→デリーはNETでの予約が出来なくなっている。そう言えば僕達が、バス・スタンドに着いた時に、13時のバスを待っている人は皆無だった...。落ち着いたのでバスの中で日記を書く僕。1時間くらい経つとおっさん車掌がまた”E-ticketを見せてくれ。”と言うので渡す。おっさん車掌が、E-ticketを見ながら何か用紙にメモを書き込んでいる。また、差額を請求されるかと思ったが今回は何も言わずにE-ticketを返してくれるおっさん車掌。これで、”差額”の件は一件落着。有料道路を走るバス。 16時くらいから、僕の胃がキリキリと痛み出す...。ついに、来たか...。う〜ん、列車の食事が原因?最後のジュースのせい?16:30に突然Uターンし、反対車線に入るバス。なにが起きたのか?と思ったがどうやらSAで休憩15分。 胃が痛いのでトイレに行くが下痢にはなっていない。バスに戻り、延髄妻に話をするとバッグから携帯用の正露丸を出してくれる。延髄妻も、朝調子が悪かったが正露丸を飲んで直ったとのこと。僕も飲む。17:00 バス発車。UターンしてSAに入ったのでどうやって元の車線に戻るかと思ったら、Uターンした道を逆走して行くバス。恐るべし、インド!UPSRTCバスがこんなことをやっていいのか!発車すると、胃の刺すような痛みがさらにひどくなり、日記も書けなくなる。空いているシートに席を移して、背もたれを倒しお腹にフリースとリュックを乗せ暖める僕。今は下痢になっていないが、下痢になったらバスを停めてもらうことになるのか?と頭によぎるがそれよりも胃が痛くてたまらない僕。バスは、遅れがなければ5hr30minかかるが、まだ休憩込みで3hr。少なくともまだ2hr30min以上バスに乗っている必要がある。つっつっ辛い...。しかしう○こで、バスを停めたくないなーッ...トホホ。17:40頃から、正露丸のせいか少し楽になる。よかった。下痢の症状もない。中国系アメリカ人女性が英語が喋れるインド人おばさんに家に泊まらないか?と誘われているが、旅行の日数が少ないので断っている。だんだん景色が都会になってくる。19:30 SARAIKALE KHAN BUS ADDAに到着。しかし、そこは アーグラーと同じようになにもない土の広場。真っ暗の中わずかな照明があるだけ。そして、 バスを降りるとオート・リキシャの運転手 10人くらいに取り囲まれる。 先日、ラジェンダさんからの”外人を騙すためにデリーのバス・ステーションにいるリキシャはいないから安全なはずだが乗る前にNoプレートをメモすると運転手がいい加減なことをしにくくなるのでいい。”と言うアドバイスは運転手に取り囲まれたことで完全に飛んだ僕。”とにかく、このリキシャ以外の移動手段を確保しなければ!”と思う僕。客を乗せたオート・リキシャが着いたので、こういうフリーのリキシャは安全な確率が高いので。拾いに行こうとすると中国系アメリカ人女性と話をしている延髄妻に呼び止められて、リキシャを逃す。中国系アメリカ人女性はホテルの予約もまだなので、僕達の泊まっているホテルの名刺を渡すと、近付いて覗き込もうとするリキシャのドライバー達。”Keep Away!”とドライバー達にビシッと言い持っている携帯で電話予約し部屋は確保。携帯は、ラジェンダさんとつながっているようで、”大きなバッグを持っているのでタクシーで移動したい。”と言うが、”タクシーは、そこでは拾えない。オート・リキシャは100Rsが妥当な値段。”と聞く。すると大きなRV車が来て、人が降りている。これは、個人の自家用車で車を持っているので金持ちに間違いないので、運転をしていた30歳前後のインド人男性に、”リキシャの運転手に取り囲まれて困っている。4人をホテルまで連れて行ってくれないか?”と頼むと ”人を送って行くので、5分待ってくれ。”と言われる。3人に車の交渉をしたことを伝えて、車の傍で待つと運転手も付いて来る。インド人男性が、戻って来たのでホテルの名刺を見せると場所がわからない様子を見て、若いリキシャのドライバーが名刺を見て、”メイン・バザールのImperialという有名な映画館の傍。”と教える。インド人男性に場所を教えるということはひょっとして、この若いリキシャのドライバーはいい奴かも?と思う僕。中国系アメリカ人女性が、”乗る前に代金をはっきり決めておかないといけない。”と言い、英語でインド人男性にベラベラと話すが英語がわからないようでキョトンとしているインド人男性。若いリキシャのドライバーが、中国系アメリカ人女性にインド人男性が英語がわからないことを伝える。中国系アメリカ人女性が、”4人で400Rs”と言うとインド人男性が”600Rs,いや5,000Rs”ととんでもない金額を言う。恐らく本気ではなく、面倒なことに関わりたくないので、あり得ない金額を言えば諦めるだろうと思って答えたはず。”高すぎる。”と言っている間にドアを開けて走り去るRV車。これで、ここにいるオート・リキシャしか移動手段が無くなる。すると何人かが集まってワイワイしているのが目立ったのか、突然警官が現れる。警官に事情を説明すると、”私が安全を保証するから、リキシャのNoをメモしなさい。”と言われる。僕が警官に”リキシャを選んで下さい。”と頼むが”自分で選ぶように。”と断られる。 ![]() ![]() 僕は、さっきインド人男性にホテルの場所を教えていた若いドライバーを選ぶ。 右に僕達を取り囲んでいるリキシャの ドライバーが写っている ![]() ![]() 中国系アメリカ人女性も若いドライバーを選ぶ。やはり中年になると太って顔つきも悪くなるので選ばれにくい。 僕のカメラで、リキシャのドライバーとNoプレートを写真に撮る。 警官の写真を撮ろうとするが、断られる。値段は、120Rsと言われ、ラジェンダさんが100Rsと言っていたのでOKする。中国系アメリカ人女性の大きなバッグが二つあるので、僕達のドライバーが一つを僕達の乗るリキシャに載せようとすると、中国系アメリカ人女性が荷物が手元を離れるのが不安なので、1台のリキシャに大きなバッグを二つも載せるので二人が座れなくなり、一人が後席に座りその膝の上にもう一人が座る親亀/小亀STYLE。20:30出発。なんとここで、1時間もドタバタしていたことになる。 ![]() ![]() 真ん中の青い字の表示がカーステレオ 左右のステレオスピーカーの真ん中にスーパーウーファー 若いリキシャ・ドライバーは、明るい奴でカー・ステレオにお金をかけていて、後席の後ろにステレオのスピーカーとスーパーウーファーを搭載し、インドのPOPSをミュージシャンの名前を教えながらいろいろな曲をかけてくれる。途中、2回中国系アメリカ人女性の乗ったリキシャを待ち、21時前にホテルに到着。 ![]() ![]() ホッとする僕達。まだラジェンダさんがホテルに居て、リキシャの値段を聞かれ”120Rs”と答えると”問題ありません。そんなもんでしょう。”と言われる。中国系アメリカ人女性と一緒に写真を撮って彼女達はHotel Cottage Yes Pleaseではなく、Cottage Crown Plaza Hotelへ。大きなバッグを持ち、当日に移動手段とホテルを決めている彼女達。かなりタフだけど大丈夫かな?僕達は、部屋が代わっていると思ったら、昨日と同じSweet。部屋は、そのままの状態。それなら、洗濯を乾しておいたのに...。フレンズで唯一気になったのが、部屋のゴミ箱を毎日片付けないことだったが、ここも同じ。ひょっとして、これがインド流かも?僕は、とても食べられる状況ではないので、なにも食べずに寝ることに。延髄妻は、一人で外に食べに行くのが嫌なので、延髄妻も何も食べずに寝る。今日も、朝から夜遅くまでいろいろとあった長い一日だった...。明日は、胃が少しでもよくなっていることを祈って就寝。 |